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「明日への提言」

高齢者の健康と山菜の機能性

杉浦孝蔵 (東京農業大学名誉教授)

はじめに

 我が国の平均寿命は、男性79.29歳、女性86.05歳で今後も男女とも寿命が延びるとの見込みである。我が国は今日まさに超高齢社会になろうとしている。2010年の「高齢社会白書」によると、65歳以上は2,910万人で全体の22.7%を占め、また独り暮らしの高齢者が多く周囲との接点が乏しくお年寄りの孤立化が進行しているという。

 筆者は常日頃から高齢者には幼児と一緒に自然との触れ合いをすすめている。

高齢者の生活と健康

1高齢者とは 我が国では、65~74歳を前期高齢者、75歳以上を後期高齢者としている。筆者は行政的取り扱いは別として高齢者とは暦年齢を問わず人々の日常生活現象の中で次の三つの観点から判断して考えるようにしている。

1)増加、増大するもの

①体のシミ、シワと白髪②薬量と通院③愚痴、お節介、忘却など。

2)減少するもの

①食欲、性欲②体力、頭髪③気力、思考力、生産力など。

3)喪失するもの

①新知識の理解力②生活に対.する適応力③朋友や同僚など。

 体のシミ、シワ、白髪、通院、薬量の増加、体力、頭髪の減少などは化粧品やエステテイックなどで、また、食欲、性欲の減少は生活、健康管理によって或る程度は増加、増大、減少、減退などを抑制することは可能であろう。また、気力、思考力、生産力や新知識の理解力、生活に対・する適応力などの喪失は一瞬にして現れるものではなく、徐々に見られる現象であるから、地域社会を通して他文化や異なる年齢間における対話、交流などによって喪失も抑制の可能性があると考える。

2高齢者の健康と生活 健康とは一般に達者、丈夫、壮健のことをいう。心身とも健やかで精神的、社会的に活動できる状態である。

 健康体の高齢者の日常生活は趣味や噌好によっていろいろあるが、フィットネスクラブ、カルチャーセンターなどの施設を活用して心身の鍛錬に努めたり、ボランティアなどの活動に取り組、み地域の環境や教育問題に貢献している方が多い。また、徳島県上勝町在住の70歳前後の高齢者が庭や裏山に生えている植物の葉、枝、花、実など季節に応じて採り農協へ出荷する彩(いろどり)による村おこし事業に取り組んでいる。日本料理に欠かせない自然が生んだ植物資源の活用である。

山菜

1山菜とは 山菜の定義は諸説があって、一定していないが、筆者は海浜から原野、森林など自然に生育している植物であると定めている。したがって、無肥料・無農薬でまさに季節の食べものであるから、山菜独特の渋味、甘味、酸味、苦味、えぐ味などの“きど味”がある。

2山菜の機能性 山菜の機能性は、本来ならば植物と人間の生理・生態そして人間の健康面から探るべきであるが、現状では未確定な点が多いので今回は日常生活の中で、の触れ合いから検討する。

1)内的機能性

 元来、植物が保有している諸成分を人々は長い歳月を通して多くの尊い犠牲の下で生活体験した成果を食用とし、また常備薬として活用してきたもので(表1)、山菜機能の一つである。

 春の七草は正月7日の朝に食べる植物である。夏の七草は戦後に東京大学教授本田正次が野草の中から食べられる植物7種を選んだもので、このほかにヒメジョオン、シロツメクサ、ヒユがある。秋の七草は山上憶良が詠んだ秋の野山の植物で、このほかにオバナがある。冬の七草は筆者がお節料理や正月の食材の中から選んだもので、このほかにクワイ、ネマガリダケがある。

2)外的機能性

 山菜を採取するために、野外に出て五体を動かすことで全身運動となり食欲も増す。そして自然に触れることで動植物の生態を観察し、周辺の自然景観を鑑賞して感性を豊かにして健康を維持する機能である。

3)生活的機能

 往時は山菜資源を凶作や冬期の食料確保に活用してきた。今日では山菜の生産者は旬の食材また山菜を新鮮無農薬な食材、加工食品として販売し日常生活を維持しながら山菜の食文化や地域振興に寄与している機能である。

表1 民間療法における七草の効用

表1 民間療法における七草の効用

山菜文化の継承

 人類が生存するためには、身の回りに存在する動植物中心の生物資源を食材としたと推察される。

1動物資源 動物資源は河川、湖沼の魚介類、原野の鳥類、小動物を食材としたが、この中には毒性があったり、人間に危害を加える動物、また移動性もあるから食料の確保は容易でなかったと推察される。

2植物資源 植物資源には毒性の強い植物もあるから、“アク”出しをしなければ食べられないものもある。しかし、味覚の“よしあし”を問わなければ、早春の新芽。若葉から秋の果実まで食べられるものが多い。また、生ものや煮て天日乾燥し保存するのも容易である。したがって、当初は動物資源よりも植物資源の利用が多かったと推察される。

3食文化の継承 資源の活用は短日で達成また身につくものではなく、先人たちの長い歳月にわたる貴重な体験から生れた知識を代々継承して今日に至っている。したがって、食文化の継承は人間生存の基礎であり、経験豊富な高齢者の重要な仕事であり、義務であると考える。

 後期高齢者は第二次世界大戦の厳しい社会経済の中で生活して今日まで心身ともに健全な方が多い。高齢者にはこの貴重な体験を後世に残すための役割があり後継者の養成が求められている。

1)幼児の体験学習

 文化は長い歳月の体験が基本となり生活に定着した習慣である。習’慣は経験豊富な高齢者が体験を通して幼児に伝える。

2)教室は自然、師は高齢者

 体験教室は里山、原野の自然である。自然は長い歳月にわたり風雨や寒暖の自然の中で存在して生命を維持し、あるいは形態を維持してきた貴重な資料であり、生きた標本である。そして師は経験豊富な地域住民の高齢者である。

 筆者も月に1,2度保育園で近隣の高齢者グループと2歳以上の園児と一緒に食べものづくりを体験している。

 60~70歳代になると味覚障害が現れるという。味覚、風味を理解できない食事ほど淋しいことはない。大勢の人と歳の違う年代と会食することは楽しさと同時に味覚障害を追い出しているような気がする。

おわりに

 超高齢社会における高齢者の健康・生活と、自然食品である山菜とのかかわりについて触れた。高齢者には山菜食文化継承の大きな役割があるから、健康生活を維持し地域文化発展に寄与して欲しいと願う。


◆プロフィール◆

杉浦孝蔵(すぎうら・たかぞう)      (1933年生)

 山形県生れ。1955年東京農業大学卒業。同年東京農業大学勤務。助手、講師、助教授、教授を経て2002年定年退職。同年東京農業大学名誉教授。この間、大学院専攻指導教授同専攻主任教授、大学演習林林長、同分収林林長。また中央大学商学部、玉川大学農学部、筑波大学農林学系、静岡大学農学部の非常勤講師。

 現在、山菜文化研究会会長、(財)木原営林大和事業財団理事、社会福祉法人清心会理事、同会里山研究所所長、新潟県魚沼特使など。

 専攻は森林文化、山菜文化、民有林経営。著書に「これからの山菜経営」、「山里の食べもの誌」など。論文、報告書約250編。農学博士。

(CANDANA243号より)

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