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「明日への提言」  バックナンバー: 2016年

「あやまり役」に学ぶ人づくりの知恵

小泉 吉永(法政大学講師)

 私が江戸時代の研究を始めたきっかけは、今から30年前、神保町古書店街での1冊の和本との出会いであった。以来、神保町に入り浸ってきた。

 数年前のある日、恩師(江森一郎金沢大学名誉教授)と馴染みの古書店を訪れた。数十万、数百万円もの貴重書が並ぶ店内のソファーで和本を点検していると、30代半ばの女性教師が女子児童6、7人を引率して店内に入ってきた。どうやら付近の私立小学校の校外学習のようだった。

 教師が説明を始めて間もなく、一つの「事件」が起きた。児童の1人が、不注意で貴重書をパタンと倒してしまったのだ。すかさず店員が「気を付けてくださいね!」と言う。教師は店員に一言謝るや否や、「いいですか、皆さん。このお店には貴重な本が沢山置いてあります。教室で話したように、十分注意してください…」と、まるで自己弁護のような説教を始めたのである。

 視線こそ向けなかったが、手にした和本よりも教師の言葉が気になり、「女の子たちは先生の話をどう受け止めたのだろう」と考えているうちに、江戸時代の「あやまり役」を思い出した。 続きを読む


楽しく地域に関わる

平 修久(聖学院大学教授)

 高齢化を伴った人口減少社会において、地域運営への市民の参画とその環境整備が欠かせない。市民参画は自主的であるべきで、それだからこそ、楽しみながら行うことが望まれる。筆者の見聞きした事例や体験などをもとに、市民の地域への参画の在り方について、以下に述べることとしたい。

市民による川づくり

 川は都市部に残された貴重な自然であり、憩いの場でもある。川沿いに樹木を植え、気持ちの良い遊歩道を作りたいと願う市民はあちこちにいる。

 埼玉県朝霞市では、黒目川沿いに、桜を植えて桜並木を延長したい市民と、周辺の斜面林の景観と合う在来種を植えたい市民とが対立した。市民の異なる希望の調整に行政が苦慮する中、「黒目川の景観を考える会」という市民団体により、利害関係者が直接協議、解決策案を検討する公開討論の場として、黒目川の景観を考える集いが開催された。市民の進行による話し合いを十分に行った結果、桜と在来種のそれぞれの植樹ゾーンを設けることが合意された。

 決定を行政に委ねるのではなく、市民同士が話し合い、主権者の自覚を持って合意した事例だ。行政が決めた場合は市民の間に不平不満が残る場合があるが、自分たちが決めたことを市民は尊重する。 続きを読む


世界と共に笑いたい~文化伝道と平和活動としての英語落語の意義

大島 希巳江(神奈川大学教授)

英語落語公演を始めたきっかけ

 いまも毎年数カ所に英語落語の海外公演へ出かけます。これまでに、ノルウェイ、ドイツ、ベルギー、スペイン、ブルガリア、トルコ、アメリカ、オーストラリア、イスラエル、シンガポール、マレーシア、タイ、フィリピン、インド、パキスタン、ブルネイ、中国、などなど多くの国や地域で公演ツアーをしてきました。1998年に上方の落語家さん3名を連れてアメリカ公演ツアーをしたのが英語落語の最初でしたから、もう18年も続けてきたことになります。もともとのきっかけは、1996年シドニーで行われた国際ユーモア学会での出来事でした。この頃私は大学院で異文化コミュニケーションと社会言語語学を専門として、多文化・多民族社会の平和共存の研究をしていました。その中でもユーモアと笑いの重要性と機能について研究をすすめていたところでした。ところが、この学会の会員には日本人がたった3人しかいなかったので、日本に関する質問が私に集中しました。特にその中でも、「日本人にもユーモアのセンスがあるのか」「日本人は笑わないというイメージがあるが、笑うこともあるのか」など、日本人のユーモアと笑いに疑問を投げかけるものが多かったのです。数少ない日本人のユーモア研究者として、この質問にはっきりと具体例を出して「ぎゃふん」と言わせることができなかったのを悔しく思いました。

 そこで、次の年には必ず日本の笑いを紹介すると約束をして、帰国したのでした。それからは必死で海外で紹介できる日本の笑いを探しました。日常会話で起きる笑いは内容が内輪過ぎて説明がつかないし、漫才では他の国のマネではないという証拠がないので、日本オリジナルの笑いであると言い切れないし、なかなか苦労しました。いろいろ回り道した挙句、たどり着いたのが落語でした。それまで落語を聞いたことがなかったので、まさにゼロからのスタートです。寄席やさまざまな落語会へ出かけ、多くの落語家さんから話をうかがい、ようやく一年かけて準備したのです。

 翌1997年、上方落語家の笑福亭鶴笑さんを連れて、オクラホマで開催された国際ユーモア学会へ乗り込みました。大成功でした。一般のお客さんも、世界のユーモア研究者たちもおおいに笑い、納得してくれました。その後、私が鶴笑さんに英語を教え、鶴笑さんが私に落語を教える、ということで英語落語の公演を海外でやってみよう、と二人で盛り上がりました。1997年7月、オクラホマ大学の広大なキャンパスの中、大きな木の枝にぶら下がりながらそう話して決めたのをはっきりと覚えています。 続きを読む


人口減少化時代の家族とすまい・まちづくりを考える

山﨑 俊裕(東海大学教授)

1.人口減少化時代のすまい・まちづくりの課題

 日本の総人口は、平成17年(2005年)に初めて年間死亡数が出生数を上回り、平成19年(2007年)以降、本格的な人口減少化時代に移行しました。地域や社会あるいは様々な組織・産業において、今後の人口減少に伴って派生する様々な問題・課題への対応が求められています。人口が増加していた時代に建てられた戸建て住宅や集合住宅、学校、図書館、公民館、文化ホール、庁舎等の建築ストックが全国各地にありますが、本格的な人口減少を迎えた今、これらの建築ストックを適宜、改築・改修しつつ、減少する人口に応じた建築ストックまで総量を減らしていく必要がある訳です。

 日本は一年を通して気温や降水量の変化が大きい温暖湿潤気候に属しており、また周囲が海に囲まれた風土であることから、建物の建て替え年数は用途・種類・構造等によりかなり差はありますが、一般的には30~40年前後で建て替えや大規模改修が行われてきました。一方、近年、良好な建築ストックの蓄積と長寿命化が叫ばれるようになり、100年保つ住宅を売りにする事例も出ています。建物の寿命が現在より仮に3倍長くなり、また40~50年先に人口が2/3あるいは1/2になった場合、住宅の需要は大雑把にいうと現在の1/4~1/6でよいことになります。すなわち、我々の身近なすまいを改築・改修しながら、総量としてどのように「減築」していくかということが問われている訳です。人口減少は地域の学校、図書館、公民館、その他複数の公共施設の再編(改修、改築、統廃合)をどのように行っていくのかという命題も提起しています。身近な例では少子化に伴う学校の統廃合や複合化等が挙げられます。全国の自治体で現在、公共施設の再編に向けた白書づくりや再編基本方針・再編計画策定等が進められており、筆者が属する日本建築学会でも公共施設再編のあり方や具体的な方策について、近年盛んに議論されています1)2)。また、平成18年を目処に全国自治体で平成の大合併が行われましたが、これらの合併により各自治体がそれまで保有していた庁舎、劇場・ホール等の公共建築ストックを総量としてどのように減築するかも課題となっています。特に東日本大震災で甚大な被害を受けた地区では、居住地移転に伴う地域・地区人口の減少が大きな問題となっており、関係者や専門家を交えた本質的な議論・検討・対策が求められています。

 私たちの身近な地域・まち・都市の建築ストックを減築(引き算)するということは、建築(足し算)するより難しい課題が多くあります。皆さんが住む地域にもかなりの数の空き家が存在すると思います。しかし、地域やまちの景観を維持しながら「減築」していくことは困難な課題です。これはという妙案はなかなか思い浮びませんが、少なくとも建物の長寿命化と同時に、空き家や未利用施設の改修・再生・用途転用・除却の方法等について、皆で徹底的に議論・検討し、今後の方策を考えることが重要だと思います。 続きを読む


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