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「明日への提言」  バックナンバー: 2023年

『マインドフルネスを越える臨床瞑想法』後編

大下大圓(飛騨千光寺長老/沖縄大学客員教授)

 前編では、「祈りの構造」が平行軸、斜め軸、垂直軸があることを明らかにし、現代のマインドフルネスや瞑想の精神的作用について述べた。その視点から対人援助職は自身のスピリチュアリティの涵養が大切であることはいうまでもなく、自身の「健康生成」のみならず「生きる意味」や「人生の目的」を洞察するのが臨床瞑想法である。

1)心理・精神療法と瞑想

 心理療法と仏教瞑想が、こころの開示や明確化、そして成長や治療的に役立つことは多くの研究者によって明らかになってきていることは前編でも紹介した。

 仏教の教訓である「戒律、儀礼、静寂、瞑想、祈り」が心理療法としても有用であるとして、精神科医でもある安藤は特に「瞑想」と「祈り」について詳しく説明している。「心理療法を求める人々の心には、苦悩や不安の種が渦巻いている」として、その解決法として静寂なる心境を醸す瞑想が有用としている。特に瞑想は八正道に組み込まれて、「精神訓練の実践」を推奨している

 また臨床心理士で、自ら瞑想実践をしている石川勇一氏は、スピリチュアリティの向上に、瞑想を活用することをトランスパーソナルな視点で述べている。その内容は高次な意識の場によって「心身を精妙なレベルから癒し、浄化するだけでなく、問題を一つの契機として、意識を拡大し、霊性を体現した新しい生き方ができるように自分や他人を導く、心理療法などのヒューマンサポートの根本原理である」としてスピリチュアリティの高め方を「スピリット・センタード・セラピー」として説明している

 もともと仏教の意味するところは「仏に成る教え」であり、成仏を目的としている。瞑想の方向性はそこに注目し、「永い長い修行を経て仏になる」のではなく、この肉身をもって「生きているうちに仏になる」ことを訓練するのが瞑想でもある。

 筆者は15年間、高山市内の内科クリニックのスピリチュアルケアワーカーとして、医療現場や福祉の現場で瞑想を活用したセッションを行なってきた。特に音楽療法士の資格を取得してからは、音楽療法を介入プログラムとして、臨床ケアに瞑想を活用した。音楽療法を取り入れた瞑想介入のプロセスでは「変成意識状態」(altered stared of consciousness)が出現することがままある。瞑想は催眠、自律訓練、単調な音楽などとともに心理学的刺激の一部と位置づけされている。その性格として、「思考の変化、時間感覚の変化、コントロール喪失、感情のありかたの変化、身体図式の変化、知覚変容、意味体験の変容、表現不能な感覚、新生、再生の感覚、暗示性の昂進」などがあげられる

 臨床瞑想法は対人援助のツールでもある。

祈りとスピリチュアリティの関連性と向上性 大下大圓、2005/2020

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ブーバーの「対話」の風景

手島 勲矢(京都大学文学部非常勤講師)

 今年2023年は、ユダヤ思想家ブーバーの世界的な代表作『我と汝』(1923年)が出版されて、100年の節目に当たる。戦後の日本でも、ひと時ブーバー・ブームがあり、彼の著作集がみすず書房から出版されたり、岩波文庫にも『我と汝』が加えられたりしたので、その頃を知る読者には、一度は耳にしたことのある、懐かしい書名ではないかと思う。

 実は、縁があって、僕もマルティン・ブーバーの名前は小さい頃から知っていた。それは、私の父(手島郁郎)がエルサレムのブーバーの自宅で彼と面会していたからである(1963年)。父は、その時の思い出を文字にしている(『生命の光』No.153)。その父との関係は、ブーバーの往復書簡集(G. Schaeder,Martin Buber Briefwechsel, p.576-577)にも認められるので、今年は父がブーバーと面会した60年目にも当たる。ある種の感慨を覚えながら、経緯を述べた父の報告記のページをめくると、ブーバーと面会する父の写真に加えて、そこには老齢のブーバーが泣いている一枚のスナップも載っている(片岡鬨夫氏の撮影)。

 その写真は、小さい頃から僕の心にはとても焼き付いている一枚なのだが、世界的な哲学者と言われるブーバーの涙のわけは、報告記に書かれている。どうやら父は、ブーバー宅の安息日ディナーに招待されていたらしいのだが、にもかかわらず父が尊敬する親友の訃報を聞いて急遽予定を変えて、安息日を待たずに帰国することになった。その旨を伝えに行ったところ、「どうして帰国するのか、なぜわずか一日を伸ばせないのか、昨日やってきて、もう帰るとは! その人が死んだのなら、帰っても、もう会えぬじゃないか」とブーバー翁が非常に残念がったという。その言葉に、父は「この方はいわば養父の如き人である、この最愛の人を失って、私は地球が空虚(empty)のように感ぜられる」と応じた。そのやり取りの中で、ブーバー翁は泣かれた。その風景の一枚であったようだ。

 その時のことを父は、「愛するものを失って、うなだれ悲しんでいる私を見て、共に涙されたのがブーバー先生でした・・・この多感な哲人ブーバーは共感なさるのでした」と記録している。僕には、その多感な人ブーバーの涙の姿が、ずっと不思議で謎な風景で、ある意味、その一枚のフォト・スナップは、今見ても衝撃的である。その気分は、多分、何度か『我と汝』を読もうとしても、最初の数行の言葉「世界は人間にとっては、人間の二重の態度に応じて二重である。人間の態度は、人間が語りうる根元語(Grundwort)が二つであることに応じて二重である」(田口義弘訳p.5)の意味がわからない読書経験によっても増幅されていて、冷徹な理性の議論スタイルのイメージに、彼の涙はそぐわない、という僕の勝手な思い込みでもあった。

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『祈りと瞑想のちから ~平行軸・斜め軸・垂直軸へ』前編

飛騨千光寺長老 大下大圓(沖縄大学客員教授/和歌山県立医科大学連携教授)

【瞑想への関心】

 近年、日本国内では瞑想の実践として「マインドフルネス(Mindfulness)が流行している。

 現在医療や精神医学の分野では「マインドフルネスストレス低減法:MBSR(Mindfulness-…Based Stress Reduction)、マインドフルネス認知療法:MCBT(Mindfulness-Based CognitiveTherapy)、アクセプタンス・コミットメントセラピー:ACT(Acceptance and Commitment Therapy)などが活用されている。

 現代のストレスリダクションやSOC(Sense of Coherence 首尾一貫感覚)など人間性を回復させるためのプログラムとして、瞑想の活用が注目を浴びている。瞑想が、人のストレスを軽減し、心身の機能を高め、精神安定や健康増進に有効であるということは、これまで多くの研究から明らかにされている。瞑想によって、抗炎症作用、免疫機能の活性化、鎮痛作用、喘息症状の緩和、うつ症状の緩和、認知症状の改善、心的外傷後ストレス障害の改善など、心身の改善ではがんの成長に関係するテロメラーゼ活性を有意に低下させた客観性の高い評価があり、健康長寿につながる可能性さえ示唆されている

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臨床スピリチュアルケアの視点

伊藤 高章(立正佼成会附属佼成病院チャプレン)

 昨年4月より、立正佼成会附属佼成病院チャプレンの職をいただいている。また以前から大切にしている、がん医療に携わる医師・看護師・薬剤師・医療ソーシャルワーカー・心理士・作業療法士・理学療法士の方々との学びの機会を、継続している。臨床スピリチュアルケアという学問領域の研究を深め普及に努めるとともに、久々の臨床での実践に関わる日々である。

 昨今の日本では、スピリチュアリティをはじめとする「宗教」を連想させる領域について語ることが難しい。第二次大戦後の日本社会は、意図的にその言説を抑制してきた。宗教に関する議論が成熟していない感がある。そのため、世界保健機関 WHO が人間の健康を4側面(身体的 physical・心理的 mental・社会的 social・霊的 spiritual)から捉える姿勢を明確にしているが、日本社会ではこのスピリチュアルの座りが悪い。宗教やスピリチュアリティに関する全体的な議論は他に譲ることとし、ここでは医療やケアに関わる臨床スピリチュアリティについて考えてみたい。

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